嵐のちょっと怪しいエピソード

櫻井翔が一人前と認められたソロコンサートでのエピソード

櫻井翔は今までのコンサートなどでいろいろなソロを歌っていますが、嵐の中で大野智と櫻井翔だけがソロコンサートをやったことがあります。昔の彼らだからこそやれたコンサートで、参加できなかった方もたくさんいますよね。そこで櫻井翔のソロコンサートについてエピソードなども含めまとめてみたいと思います。

 

櫻井翔のソロコンサートを行ったのはいつ?

 

櫻井翔のソロコンサートは2006年の1/14Zepp名古屋から始まり、1/20Zepp大阪、1/24・25Zepp福岡、1/28Zepp仙台、1/31・2/1品川ステラボール、2/4Zepp札幌の合計6ヵ所で行われました。どの会場もとても小さいライブハウスでした。今の嵐ではとうてい無理な規模ですが、身内でパーティでもやるようなそんな感覚のライブでしたね。

 

櫻井翔のソロコンサートの特徴は?

 

櫻井翔といえばラップですよね。大野智のソロコンサートなら想像もつきますが、櫻井翔のソロコンサートってどうなるんだろう?とファンの間で言われていたものの、自分のソロ曲やいつも嵐で歌っている歌も歌いながらラップを披露しました。ラップではない部分はお客さんが歌ったり、CDには収録されてない自作の曲もあったりとかなりアットホームで盛り上がったライブになったようです。

その中でも大野智と一緒に作った「俺たちのソング」はコメディな歌なのですが、スクリーンで大野智が一緒に歌い踊っていました。大野智のソロコンでは櫻井翔がスクリーンで歌い踊っている映像が流れたようですね。

ソロコン画像1

事前に櫻井翔からのメールで「うちわに頼らず応援してほしい」「自分はコンサートグッズのタオルを使うのでよかったらお揃いで」「ぶちあがるので着替えも用意して」というような事が書いてあったので、いつものコンサートとは違ってうちわは使わずみんなが体全体で楽しんでいました。

ライブ後半の歌ではメールにあったようにコンサートグッズのタオルを使い、会場全部が赤いタオル一色に染まりました。このソロコンサートが櫻井翔の両親と和解できたきっかけとも言われていますね。櫻井翔が後日雑誌で「俺はやりたいことを形に出来るって自信があった」と話しています。自信があったからこそ父親にも来てほしいと言えたのかもしれません。

 

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2013年12月20日  櫻井翔家族との確執があったこと、そして和解の時についてテレビで口を開きましたね 。今までもちらほら家族との確執については話題になったことがありますが、ここまで じっくり本人の口から話されたのは初めてだったかもしれません。
arashi55.xsrv.jp/sakuraisho_kazoku_kakushitsu/

 

櫻井翔のソロコンサートでたったひとつの悔い

 

いつものコンサートではジャニーズジュニアがバックでついたりするのですが、今回は初めてのダンサーさんたちばかりだったので忙しい中でもいい関係を築くためにダンサーのショーを見に行ったり、バンドメンバーのリハーサルを見に行ったりしたそうです。「俺がアタマになってやる上で気持ちってのが出演者に伝わらない限り、お客さんには何も伝わらないから。」とソロコンサートをやると決めたところから少しずつ櫻井翔が作り上げてきました。

ソロコン画像2

しかし、オーラスの札幌公演を行うことができませんでした。当日は悪天候で午前中の飛行機は欠航ばかり、櫻井翔の乗った飛行機はなんとか羽田空港を飛び立てたものの千歳空港に降り立つことができませんでした。会場ではギリギリまで櫻井翔たちを待っていましたが、ギリギリの時間になり「順延」となりました。

結局みんなのスケジュールの都合もあり「中止」と後日発表があったんですね。櫻井翔から数日後にメールがきましたが、当日千歳空港の上空まで来たのに降りれなくて悔しかったこと、やりきれなくて中止になったその日はずっとバンドメンバーと一緒にいたこと、そして最後には「ぜ~ったい、この借りは返すから。少し長くなってしまっても待ってて欲しい。THE SHOW CREW代表 櫻井翔 」と書かれていました。

 

その日のメンバーでもう一度実現させるのは正直難しいかもしれませんが、それでもあの日悔しかったり悲しかったりした人たちがいつかオーラスをやろう!まだ終わってないと待っているそうです。いつか実現するといいですね。

 


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